「プロテニスプレイヤーなりたかった自分がシステムエンジニアなった話」 社員インタビュー 久保奨志

2019.06.19

選手として活動していた彼が現在はエンジニアとして仕事をしている。

自己紹介をお願いします。

久保奨志25歳です。
人には猿顔、でかい、お喋りクソ野郎ってよく言われます(笑)
スポーツが大好きな四人兄妹の長男やってます。

プロテニスになりたかった高校生

私は中学の部活からずっとテニスしていて
高校からはクラブチームに入って試合に出たりしていました。
高校の時から、将来テニスのプロ選手になるのが私の夢でした。

きっかけは、みんなと変わらないです。
母親から「中学からは部活をはじめなさい」
そう言われて初心者でも始められる部活がテニスでした。

大学にいかずにテニスの専門学校へ

みんなが大学受験をしている間も私はテニスの練習に明け暮れていました。
大学に進む選択肢は僕の中にありませんでした。
自然とテニスインストラクターの専門学校を自分で選んでいました。

半年後に専門学校を辞めていました。

専門学校でインストラクターになるために勉強していたが
インストラクターは正直誰でもなれるし、専門学校で学べるものに
今必要かと言えば、そうではありませんでした。

JOPという日本テニスのランキングに関わる大会に出て、
プロとしてもっとテニスを活動したかったから
せっかく入った専門学校を半年で辞めちゃっていました。

周りの友達はみんな大学に通っていましたが
私は、少しはやく社会人として生きていくことになりました。

テニス選手としての活動

それから約2年間は、ほとんどの時間をランキングを上げるための試合や
テニスの練習に時間を当てていました。練習が終わった夜は
飲食店でアルバイトをしながら生計を立てていました。

2年後選手としてランキングが上がってきて、飲食でのアルバイトを辞めて
インストラクターとして仕事をしながら、
21歳まで選手として活動していました。

テニス選手から引退した21歳

ある家庭の事情からテニスを辞めることになりました。
体を壊したとかではなかったので、当時はすごく悩んでいました。
今では後悔していないし、テニスは別の形で関われたらいいなと思っています。

辞めてからはフリーターを1年間続けていた
この時、今後のことを考えてプログラミングを始めた。
少しモデルの仕事をしていたとこもあります。

自分のキャリアをを考えさせられた

周りの友達が大学を卒業しはじめたとき、
自分のキャリアを考えるきっかけになりました。

正直、テニス選手から引退していたこともあって焦りも感じていました。
一度就職するって道も考えたが、
家庭の事情もあって自由に動けて、年功序列ではなくて
テニスみたいに、結果に対して対価をいただける仕事を探した結果
個人でフルコミッションの営業を始めました。

LIMの出会いについて

代表の土田とたまたま営業先で出会ったのがきっかけです。
私も個人で営業をしていたこともあって、
商材を卸してもらって関係が始まったという感じです。

今年の6月からLIMに参画

代表と営業先であってから、ちょくちょく話すようになって
昨年立ち上がったばかりのLIMが大きくなっていくところを見ていました。

今後、営業としてやっていくか今後のことを考えていた時
声をかけていただけたきっかけもあり、
エンジニアの新期事業をはじめるタイミングでLIMに参画しました。

営業からエンジニアにキャリアチェンジ

ずっとプログラミングを勉強をしていたこともあって
違和感はあまりありませんでした。

それよりも、テニス選手時代からずっと個人で仕事をしていたので
最初は「社会のルール」に苦しみました。笑
プロジェクトをチームとして動くのがこんなにも大変なのかと、、、笑

今後はどうしたい

将来はエンジニアとしてスキルを磨いて、仕事の幅を広げて
具体的には想像できていませんがサービス開発したいと思っています。

あと、自分は人生の最大のテーマで『最高の親孝行』をしたいと思っています。

今は入院していますけど、自分にとって母親は
1人で4人の子供を育ててた尊敬できる人だし、すごく感謝しています。

そのテーマを叶えるために
日々の業務、勉強などをとにかく頑張って
人として確立して姿を見せてあげたいです。

『不可能の反対は可能ではない挑戦だ』
僕の大好きな言葉です(笑)